なぎら健壱さん
そうですか、メジャーデビューから20年なんですね。
それが早かったのか、逆に遅かったのか、そうした通俗的な質問はなしといたしましょう。通り一遍の質問には、通り一遍の答えしか返ってきませんもの。要するに「早かった」にしても「遅く感じた」にしても、中身が充実していたかどうかにかかっているのではないでしょうか。
「早かった」「遅かった」という返答ではなく、「充実していました」と返ってきていただきたい。しかしそれで満足してはいけない。その充実さも、途上の過程であるからである。
香織ちゃんが初めてフォークのステージに接したのは、江東区の森下でのコンサートであったと聞いた。出演者は高田渡と私なぎら健壱らしいのだが、あたしの記憶は散漫としていて思い出せない。というのも、当時高田渡さんとはしょっちゅうジョイントのステージを踏んでいた。
その頃香織ちゃんは中学生、よもや何年か後に自分も歌い出すなどとは想像すらしていなかったに違いない。
そしてデビュー曲は高田渡のカバー曲『コーヒーブルース』(『スタンダード』と両A面)であった。なぜ『コーヒーブルース』に至ったかという経緯は知るところではないが、もしあたしの曲を選んでいたとしたら、その後の方向性が変わったかも知れない。
それはさておき、そこからの辻香織の足跡はご存じの通りである。
独自の世界観、個性を持ってして今日に至っている。20年という過程がそれを育んだ。そしてその20周年だか、19年目と20年目を比べて、その差はあろうはずもない。それは単に20年という節目であって、区切りでしかない。しかしその区切りの先にあるものは昨日と同じではないはずである。それを境にさらに先を目指さなくてはならない――飛躍しなければならない。前述の「途上の過程である」とはそこである。
その節目の集大成として、新作『Deep Blue』が発売されたが、原点回帰のようなCDで秀逸のクオリティである。そこに辻香織の昨日までが垣間見られるし、明日に対する指針のようなものも感じる。今までの自分を見直すような出来映えである。
原点回帰と書いたがそれは当然後退ではなく前進である。今後も辻香織は前進を続けていけるであろう――いくはずである。最後になりました、20周年おめでとうございます。
なぎら健壱
K.NAGIRA